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風になる馬達 [乗馬]

小淵沢の黒い馬 (640x480).jpg

 岡倉天心の「茶の本」にこんな一節があります。
「われわれは心の安定を保とうとしてはよろめき、水平線上に浮かぶ雲にことごとく暴風雨の前兆を見る。」
 そしてこのような悲惨な状態を脱するには、その暴風に飛び乗ってしまうしかないという意味のことを書いています。
 私にとっては馬と一緒に駈ける時が「風に飛び乗る」イメージです。色々なことを抱えていても、馬と風を切っていれば、すべてよしという気持ちになれるような気がします。
 私に勇気をくれる馬達に感謝です。

道草くう馬、一目散な馬 [乗馬]

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 馬の食欲には勝てません。
 山梨県小淵沢の山道を歩くコースで乗った馬は、道端に美味しそうな雑草を見つけたが最後どんなに手綱を引っ張っても草をモグモグ食べ始めて動かなくなってしまいました。インストラクターからは「思い切り手綱を引いて食べないようにしてください」と指示されていたのですが、「食べたい!」という馬を止めることはできませんでした。
 今日乗馬クラブで乗った馬は、出番が終わって部屋に帰るとき、早く餌にありつきたい一心でドンドン歩きが早くなり私は危うく引きづり倒されるかと思いました。
 まったくー・・・、と文句を言いたくなりますが、餌を食べる時の幸せそうな馬の目をみると「やっぱり可愛いなー」とつぶやいてしまいます。

馬のぬくもりを想う [乗馬]

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今日の寒さは身にしみましたね・・・。外で仕事をしていたら指先が痛くなり、お湯で温めたらさらに痛くなり泣きたくなりました。こんな日には馬のぬくもりが恋しくなります。今日は冬の馬俳句です。

 凍える手 馬の背にあて 春想う
 雪の夕 馬と歩める 暖かさ

 

障害をうまく飛び越えるには [乗馬]

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 馬術大会で2m近い障害をフワーッと飛び越えているシーンを見ました。「怖そうだけど飛べたら気持ちいいだろうなー!」と思い障害レッスンを受けることを決断。
 初めての障害は、なんと地面に転がした細い丸太1本でした。こんなものでは物足りないと思ったのは大間違い。丸太1本でも乗り手が必要以上に意識すると馬は不安になるようで、ヒョコヒョコッと丸太を避けたり、またぐときにつま先をこつんと引掛けて転びそうになったりと、上手くいきません。「飛ぶ直前の視線は空を見上げる気持ちで。背筋は伸ばして!」とインストラクターから指示が飛び、慌ててそのようにすると、あら不思議馬は何もないようにうまくまたいでいきます。
 人生も同じですね。障害に気をとられ過ぎるととかえって障害につまずいてしまうような気がします。
 「青空を見上げて背筋を伸ばしていきましょう!」

うま年ももうすぐ終わりですね・・・ [乗馬]

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 うま年も残り少なくなりました。自分がうま年のせいか、今年は何となくハッピー気分の一年で、ついつい馬グッズも買い集めてしまいました。写真コレクションいくつかです。それにしても寒さが厳しくなるとあのぐったりした夏の暑さも懐かしくなります。ここで、夏の馬俳句を三つ。これで少しは暖かくなりますか・・・。
 散水に 虹のかかりし 馬場の空
 熱風に 負けじと走る 馬ととも
 我と馬 汗かきともに 今走る

乗馬の壁を超えるとき [乗馬]

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 駆歩の継続は乗馬初心者の壁です。脚の位置、手綱の引き具合、腕の位置、姿勢、とインストラクターから次々注意が飛んでくるのですが、脚が良くなれば腕が上がってしまったり、腕が決まったと思えば姿勢がのけぞり気味だったりという具合で、最後は頭が混乱したまま馬の背の上をポンポン跳ねている始末。
 こんな状態が来る日も来る日も続き、乗馬の才能がなかったのか・・・と諦め気味になっていました。そんなある日、馬の揺れに合わせて、すっと前方に立ち上がる感じになったかと思うと、今までに比べて格段に楽に走れていました。「これだー!」と心の中で叫びました。頭であれこれしようと思わず、体が自然に反応した時に「すっ」と壁を乗り越えたようです。
 思えば幼い日に初めて自転車を乗りこなした時もこんなイメージだったように思います。この年になって、あの時の興奮をまた味わえたのです。一生で後何回こんな感激を味わえるかなー。

流鏑馬に挑戦 [乗馬]

みずほの馬
 流鏑馬(やぶさめ)は乗馬をはじめたときからの憧れでした。疾走する馬から豪快に的を射落とす、一生に一回でも経験したいものだと思い続けていました。
 そんな時、通っている乗馬クラブで「流鏑馬レッスン」なるものが始まりました。夢をかなえられると大喜び。早速予約。レッスン当日。渡された弓は長さ50cm程度のおもちゃのようなもの、スピードはとぼとぼ歩き程度ということで、「これでも流鏑馬か?」というものでした。でもいざ始めてみると、弓に矢をつがえようとモゾモゾしているうちに馬は的の前を通り過ぎてしまいます。なんとかタイミングが合っても、矢はとんでもない方に飛んでいきアウト。十数回トライした末に、ようやく終了間際に的に当たって、思わず「やったー」と叫んでしまいました。
 本物の流鏑馬は、全力で駈けながら2m近い弓をあやつり次々的を射るわけですから、今の私には想像もつかない技量です。幼稚園レベルの流鏑馬レッスンであらためて古武術の奥深さを実感しました。
「流鏑馬おそるべし!」

馬のご機嫌はどう? [乗馬]

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 馬のご気持を読み取るのも乗馬で大事なことです。確実に分かるのは怒った時。必ず両耳を後ろ向きに伏せます。これを見たら赤信号!近くにいたら蹴飛ばされるか、乗っていたら跳ねるかもしれません。
 逆にごきげんの時ははっきりしたサインがありません。首筋をパンパンとたたかれると馬は褒められていると思うそうですが、これも外目には変化がありません。まさに馬耳東風(「馬の耳に念仏」か?)といった感じです。
 早く自分の部屋で餌を食べたいときは必ず前足をかつんかつんと地面に打ち付けるのですぐにわかります。後はニンジンをあげたときの眼。幸せ気分が以心伝心でわかります。おかわりのおねだりの時は鼻面をすりよせてきます。そんな時は人間も幸せ気分。

先を見ることの大事さ [乗馬]

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 必死に馬と走っているとついつい視線がすぐ手前の地面か馬の頭にいってしまいます。するとすかさずインストラクターから、「もっと先をしっかり見て!」と注意が飛んできます。「そうしないと馬はどっちに走っていいのかわからず混乱してしまいます!」ということなのですが、乗り手の視線を馬が分かるのだろうかとずっと疑問に思っていました。でも最近になって、乗り手が進行方向を意識したときの体のバランスや手足の微妙な変化を馬は敏感に感じ取れるようだとようやく実感するようになりました。不思議なものです。人間と一体化して共同作業をするのは盲導犬と馬くらいかもしれません。
 それにしても、人生も行く末を見ながら走ることが大事かもしれません。わが身を振り返ると、足元ばかり見て過ごしてきてしまったような気がします。
乗馬の中には人生で大事なことがすべて詰まっている」ということでしょうか・・・。

馬の免許は難しい! [乗馬]

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 乗馬の級は5級から始まって上達するに従って4級、3級と数が減ります。3級は自動車でいえば普通免許というところで、馬をひととおり自由に乗りこなせるレベルです。3級の試験は、決められたコースを決められた歩様(歩くか、走るか、駈けるかの種類のこと)で馬を誘導する必要があります。このコースがとんでもなく複雑です。右回りや左回りが複雑に組み合わされていて、図でみると分かった気になっても、いざ馬に乗ってコースに入ると途中でわけがわからなくなります。右回りのところを左周りしてしまったり、駈歩にすべきところが速歩になったり。自動車教習所の仮免検定で2回落第した時の悪夢を思い出します。落第しても「かわいい馬と一緒なのでまあいいか・・・」と思いつつ練習に励んでいます。
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